「昨日のアルファー波〜告げる心〜」

 

清水

 

 

 

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―――夢だ。

 

夢の中で「夢」と自覚できることは稀だが、もし自覚できればある程度自分の好きなように「夢」という空間を作り変えることができる。

最近は夜更かしが続いてあまり夢らしい夢を見ていないが、過去の履歴を見ても俺も夢と自覚できた夢は少ない。夢は覚めた直後から急速に記憶から消滅していくから、覚えていないだけかもしれないが・・・同じことか。

今見ている(という表現が正しいかどうかは置いて)夢はハッキリと自覚できているのだが、どうにも「変えよう」という気が起きない。

 

―――流されてみよう。

 

そんな意識が先行している。

俺は究極の仮想空間体感装置「自覚できた夢」をあえて捨て、自分の奥深くの心の導きに身を任せた。

場面は昔住んでいた下町の小さな通りだった。隣には何故か見慣れた顔の友人がいた。

すぐに場面が学校に変わる、おそらく高校の廊下だ。場面が学校の夢はよく見る。

文化祭なのか、新築だが無機質な校舎内は紙で作った申し訳程度の飾りや、マジックで塗りたくられた看板が転々と並んでいた。ただ活気はない。いや、人すらいない。

その廊下の中ほどに、窓やドアが黒いカーテンで覆い尽くされた教室がある。ここも何かの出し物なのだろうが看板も何もなく、ただ黒が出現している。

気づくと二人の足はそこを目指していた。ドアを覆う黒を除け、中へ入る。

中はすでに教室の原形を留めていなかった。黒板や机、どうやったのか窓すら取り除かれており、壁しかない、箱のような部屋だ。天井には蛍光灯が見えるが使われておらず、代わりにどこからか漏れてくる薄暗い紫が室中を支配している。

おそらく入ってきたのは教室の前側にあたるドアからだろうが、入って左、後ろの窓側から部屋全体の3割ほどの面積を、また黒いカーテンが覆っている。

光はそこから漏れているようだ。漏れた光は薄暗く部屋の中を照らすだけだが、厚いカーテンの上下から覗いて見える床や天井はずっと明るく、白に近い光を反射している。

ここがなんなのか俺たちは漠然と理解した。おそらく占いの類を扱っている出し物か何かだろう、部屋の雰囲気がそんな発想を運んでくる。

『ご名答。』と言わんばかりに、カーテンの中への入り口と思われるところに白く《Fortune Tell》の刺繍があった。部屋に入って以降、人外の空間にすっかり酔わされていたが、見慣れた「文明」が少しだけ日常の感覚を引き戻してくれた。

重いカーテンをめくると、強烈な光が噴き出してきた。不思議と目がくらむことはないが、中は凄まじい光度の光で満たされている。

光源は厚い布をかぶされた小さな正方形の机の上にあった。ライトでも蝋燭でもないそれは、紫がかった光をまといながら生き物のように形を変える、まさに「紫光」といった感じだ。

 

「ようこそ。」

 

声がした、女性の声だ。トーンは高めだが大人びた調子、おそらく壮年の女性だろう。

声の主は紫光を挟んだ机の向かい側に座していた、全身がイスラームの女性がまとうサリーのような、これまた紫色のもので覆われているため、顔や体型はわからない。

唯一、サリーから脱出している白い手で、向かいにある席を友人に勧める。まずは彼から占ってくれるようだ。

俺は外で待つことにした。再び薄暗いカーテンの外に出る、やはりカーテンの中と外では明度が全く違う。強い光に当たった俺の眼の瞳孔は閉じきっているはずだが、夢だからか、暗い教室内でも壁と天井の境目までハッキリと区別できる。とはいえ、何のアクセントも無い景色であるから特に意味は無いか。

中の会話も黒く厚いカーテンが光と同様に遮断してしまっており、俺の耳には言葉として届いてこない。

完全に暇を持て余したなと思い始めたそのとき、カーテンから漏れる光が光度を増した。と同時になにか機械が唸るような音が聞こえる。鉛でできた獣がいたらこんな鳴き方をするのだろうか。重々しくも甲高く、無機質な唸り。

妙な音と光は数秒続いた後ぱったりと途絶え、元の静寂と薄闇の空間が戻ってくる。

席を立つ音が聞こえた、どうやら終わったようだ。カーテンの隙間から友人の手が現れ、次いで頭と体が抜け出す。彼の顔はリラックスしているように見える、俺を一瞥した後、まだ明るさが残るカーテンの中にいる占い師に一礼した。

向こうも礼を返したかどうかはわからないが、やや間を置いた後「次の方どうぞ。」と俺を呼ぶ声が聞こえた。

友人は入り口の横でどこからか取り出した手帳を眺めている。占いの結果がまずかったのか、それとも次の予定の確認でもしているのだろうか。

彼を待たせることにして、俺もとりあえず占ってもらうことにした。カーテンをめくって中へと足を運び、占い師に勧められるまま先ほどまで彼が座っていた席へ着く。

 

「では始めます。」

 

何から占うかとか、そういった前置きは無いみたいだ。机の上の光が輝きを増し、さきほどの唸るような音がカーテンで覆われたこの教室の一角に響いていく。占い師の声量は小さく、この騒音の中ではとても聞こえようもないはずだが、俺の頭の中にはしっかりと声のイメージが届いている。

 

「悩みを抱えていますね。」

 

頭の中で微妙な相槌を打った。当たってはいるが漠然とした指摘だ。しかし頭に引っかかりを残していく。『そういえばそうだ。』と思わせる台詞。

占い師は続けて言った。

 

「そしてそれから逃げようとしている。」

 

俺は頭の中で黙り込むしかなかった。

言われていることは社会で暮らす人間なら誰もが心に持っていることに過ぎない。TVで見る占いは、そんな漠然としたことを言って不安を煽ったうえで漠然とした救いの条件を提示し、気を良くした客に『当たっている。』と思わせ新たな客を呼び寄せる、ぼろい商売だと思っている。

しかし今言われていることは、そういった商売云々というものを飛び越えて心の中にしこりを残す何かを内包した、言葉の力の塊のような圧迫感がある。

今まで自分の頭の中で遮断してきた問題の沈殿を、第三者の言葉の力で掻き揚げられる。痛みを伴わない、ただ受け入れるだけの感覚だが、長い時間をかけて考えなければならない。答えは出ないとわかっていても。

占い師の二言が告げられると、ほどなくして空間を満たす光の白が、紫もカーテンの黒も支配していく。

 

何もかも白に変換されたとき、夢は終わった。光は窓から射す陽光になって起床を促す。

自らの心が自らの頭のわだかまりを掘り返す感覚は、支度を終えて家を出た後も残っていた。いつもは思い出す前に記憶から消えてしまう夢が、特に意識しなくとも頭の中にこびりつき、反芻される。

今日という日が終わるとき、またあの占い師が現れるのだろうか。心に鬱積した解決のできない問題がある限り、問いかけてくるのだろうか。

 

 

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