○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○ ○●○○○●○○●○●○○●○○●●●○●●●●○ ○●○○○●○○●○●●○●○●○○○○●●●○○ ○●○○○●○○●○●○●●○●○◎●○●○○○○ ○●●●○○●●○○●○○●○○●●●○●●●●○ ○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○ M A I L ? M A G A Z I N E V O L . 3 『肺』 第三号 ____________________________________________________________________ / C O N T E N T S : / _____________________________________________________/ 1 トイレット喚起:小説:鈴原順 2 安らかに(前編):小説:清水 3 首切り社(前編):小説:高松晃樹 4 DERRIER LE MIROIRE(3):シナリオ:秋元悠輔 5 地に人、マッタの託宣 ――ロベルト・マッタの版画(2):評論:緩瀬洋一(完結) 6 書物鑑(3):翻訳:ヴァレリー著/緩瀬洋一・鈴木清一郎(完結) 7 いさびの会公式HP「うぃさび」からのお知らせ 8 編集後記:秋元悠輔 ___________________________________________________________ / 1 トイレット喚起 / _____________________________________________________/ 鈴原順:作 膀胱がぱんぱんに膨らんで、痛い。 少し吐き気もする。まるで下から出ないなら上から出してやろうと言わんばか りだ。 またもや尿意から目が覚めてしまった。最近こうやって尿意に覚醒を促される ことが多い。就寝前に水分を多く取ったわけでもないのに。俺はまだ二十二だ ぞ、なんだってんだ畜生。忌々しい。 そもそも偏平足からアレルギー性鼻炎、花粉症まで俺は俺のOSに不満が多 い。 毒づきながら重い足取りで部屋を横切り、トイレへ向かった。床の羽目板がき いと俺の足の下で嫌な音を立てる。パチリとトイレのスイッチをONにしてか らドアーを引いた。 すると狭いトイレには先客がいた。 男が便器にまたがって俺を見ていた。予期せぬ事態に、眠気でまだぼんやりと していた頭が一気に冴え、慌てて「失礼」と言いそうになったが、よく考えて みると、ちょっと待て、俺はこのアパートで一人暮らしをしているのだ。この アパートは共同トイレじゃないし、今夜は誰かが泊まりに来ているということ もない。 それでは一体こいつは誰だ? 不思議と恐怖心も何もなかった。ドアノブに手をかけたまま、トイレの外に 突っ立って、俺はじろじろと無遠慮にその男を観察した。すると男の方でも俺 をじろじろと眺めていた。 俺がはじめに確認したのは彼の足の有無だ。うむ、すらりという形容は当て嵌 まらぬが、存在は認められる。幽霊ではないらしい。 少しほっとして彼の顔に目を移した。薄い唇に狭い額、下膨れの顔立ち、と薄 暗い電球の明かりの下でも性質の悪さを漏れなく示している。俺はその顔をど こかで見たことがあるような気がしたが、思い出せなかった。割りに身近な人 物だったようだが。どちらにしても、あまりいつまでも眺めていたい顔ではな かった。 「あんまりじろじろ見るなよ。気色悪い」 べっとりと喉に張り付くような、下卑た顔にお似合いの嫌な声だった。俺は 吃驚して言った。 「偉そうな奴だな。それは俺の台詞だよ。一体、おたく、誰だい」 男はにやりと唇を歪めた。「俺が誰だがわからないか」 俺は素直に頷いたが、男はにやにやしているだけだ。再び俺は口を開いた。 「大体こんな夜中に何してるんだ、人ん家の便器の上で」 するとそれまで浮かべていた笑みを、かちりと凍らせて男は真顔に戻らせ た。その口調はややヒステリックだった。 「な、なんだい、その言い方」俺はやれやれと思った。わざとらしいどもりに 彼の人間としての浅さを見た思いだったのだ。しかし彼の次の言葉にその余裕 さえ失うほどに驚いた。「さもこの便器がおたくの占有物みたいに」 「さもって、おい」俺は慌てた。「その便器は俺の占有物だぞ」そう言ってか ら、考えてみればなんて奴だろう、と俺はむっとしてきて、語気を荒げた。 「この部屋の付属物として俺が大家から借りているんだ。部屋代月四万ニ千円 にはその便器代だって、ちゃんと入ってるんだ。便器についておれがどうしよ うと他人に指図を受ける筋合いはないぞ」 「おお」彼はわざとらしく天を仰いで嘆息した。「ひどい侮辱だ。屈辱だ。便 器には便器の人権があることを忘れるのか」彼は気取った調子で喋っていたの だが、上手いこと舌が回らなかったらしい、言い誤った。それはそれまでのニ ヒルな彼には似合わない失態であり、彼はちょっと顔を赤らめたが、すぐに咳 払いをして場を区切ると、続けて言った。「ええと、そうそう。そっちの態度 如何によっては便器にだって考えがあるんだ。然るべき所に出る覚悟はある さ。なんなら法廷に出向いたっていい」 さっきまでの自信は何処へやら、俺は相手の毅然とした態度と意外に善人ら しい様子にたじろいだ。ぱっと見とは異なり、実は善人らしい彼をこんなに怒 らせた、と罪悪感すら俺の心には沸き立ってきていた。 「すまなかった」 自分の感情に従って一応頭を下げたものの、何で俺が謝らなくてはいけない んだ、なんだかおかしいぞ、と頭が混乱する中、不図、ぴんときた。 ははあ、これは夢だな。尿意で覚醒したものと思っていたが実際のところはま だベッドの中に違いない。それにしても滑稽千万な夢もあったもんだ。俺がそ う確信したとき、彼がおもむろに言った。 「言っておくがね、これは夢ではないよ」 俺はどきっと、全身の毛穴が開かんばかりに驚いた。「なんでわかった」 だが考えてみれば驚くことでもない。俺はわははとわざとらしく声をあげた。 「いやいや、夢だね。うん。夢だ。夢なら君が俺の考えを読むなんていう不条 理なことが起きても問題ないものな。わはははは。そもそも俺の考えをお前さ んが知っているという非現実性、これこそ夢だっていう何よりの証拠じゃない か」 にたり。俺がしてやったりと笑うと、彼は大げさに肩をすくめ、わざとらしく ため息をついて見せた。そして彼の確信に満ちた声が俺に降り注いだ。その勢 いは俺の頭をばかにするに十分だった。 「我ながら発想の貧困さに嫌になってくるね」彼はふうと嘆息して見せる。 「夢という発想。おたくの発想の貧困さが露呈されるよね。想像力の重要性は 賢人が口を揃えて言及するところだってのに、おたく、これでいいわけ?それ に何よりも、非日常的なことが起こると夢だろうかなんて呟いてみたりするっ ていうの、嫌だね、あたしゃあ。目を擦るだの、頬を抓るだの。そんなに自分 の既成の世界観を完璧なものだと思っているのかね。おお、嫌だ嫌だ。身の毛 がよだつよ。あっ。だからって、いまおたくが自分で必死に否定しているよう に、俺が幽霊かっていうとそうでもないよ。確かに昔から厠に霊や妖怪は現れ てきたけれど、こんなトイレに来てくれるもんかい。心配しなくても、向こう から願い下げだろうさ。えっ、ウイリアム・ウィルソンやプラーグの大学生の 路線でドッペルゲンガーだろうって。ははあ。だとしたらおたく、死ぬことに なりますね。あれ見ちゃうと死ぬそうだから。ご愁傷様。あはははは。でも平 気平気。安心してよ。俺、ドッペルゲンガーじゃないからさ。あはははは。そ れにしても、ねえ、おたくさあ、ちょっと思考が安直過ぎないかい。あたしが 否定するとすぐにその考えを捨てて次の考えに移っていくんだね。そりゃあ身 替りの速さは吉と出ることもあるだろうけれど、凶と出ることもあるってこ と、頭に入れとかないとね。大体スピードを武器にするには前提として、どっ しりとした土台が必要だってこと、わかってる?常識なくして非常識な笑いを とることが出来ないのと、これは一緒。ってねえ、聞いているかい。ん。あら ら、ついに放心しちゃったよ、この人。自分の既成の価値観に当てはまらなく なると、自己の喪失、思考停止って、おたくはぶつ切りの細切れ肉かっての。 まっ、よござんしょ。月に叢雲、花に風。此処はひとつ自己変革と洒落込みま しょうか」とにたり。 男、便器からすっくと立ち上がると、深々と観客に一礼。にこやかな笑みを 浮かべて、張りのある声でひとごと。「よければみなさん、ご一緒に」。 (了) ___________________________________________________________ / 2 安らかに 前編 / _____________________________________________________/ 清水:作 物書きは生活時間に制約がない分、つい不規則な生活を送ってしまいがちな のだが、その点私は規則正しい生活を心がけている。 それには2つ理由がある、ひとつは朝に完全に覚醒しているかどうかが一日の 創作活動に大きく影響するだろうということだ。昔は若気の至りというもの か、どうしても狂った生活に陥りがちだったが、その頃に比べると倍近い時間 を使えているような気がする。 もうひとつは夢を見るためである。過去の出来事の再現であったり、何もかも 滅茶苦茶な世界の切り貼りであったりするこの夢というものが、私に最高の素 材を提供してくれるのだ。見知ったようで少し異質なそれは、現実では得るこ とのできない刺激だ。 私の本を買ってくれる方々もそういったものをお望みなのだろう。中年男の 見た夢を織り込んだ奇妙な本は、とりあえず私一人が天寿を全うしたうえで墓 を作っても御釣がくるほどには売れている。 大多数の人間から見れば、なかなか気ままな一人暮らしなのだろう。 そうして向かえた何度目かの初夏、ある蒸し暑い夜のこと。 一日を終えて寝床に入り込んだ私には、睡眠という最後の仕事が残っている のだが、私の部屋にはある小さな妨害者が侵入していた。 暗く静まった部屋、耳元によく響く高いのか低いのかよくわからない羽音。 私はとりあえず睡眠を中断することにした。布団を跳ね除けて、就寝中だっ た電気を覚醒させる。 私は特に動体視力や反射神経に優れている方ではないので、このようなときは 便利な科学兵器に頼ることにしている。リビングから持ってくるのが多少面倒 だと思ったが、どうやらその必要はなさそうだった。羽音の主、黒い小さな影 は思いのほか容易に捕らえられたのだ。迫り来る巨人の手から逃れようと、僅 かに開いた窓のこれまた小さな網戸の隙間へ向かっている。 しかし体が重いのか、その動きはかなり鈍い。水面に落ちた蟻が必死で水をか いているようにしか見えない、なぜ飛べるか不思議なくらい遅い飛行である。 私は就寝のことなど忘れ、好奇心のままにそれを追尾し、捕獲した―――つ もりだったのだが、勢いあまってか、それは私の掌の中で潰れてしまってい た。 捕らえてじっくりと観察したかったのだが、残念ながらそれは原型を留めて いなかった、飛び散った黒い粉はもげた羽や脚、赤い液はおそらく私から採っ たものだろう、かなり吸われたのか、手を傾けると僅かに赤い線を引いて滴 る。 仕方なく洗面所に赴き、手に残ったそれを洗い落とす。見る影も無く潰れた 黒い亡骸は、私の血と共に水流に飲まれて消えていった。 リビングにある茶箪笥から痒み止めを持ってこようとして、やめた。 かなりの量の血を吸われたはずなのだが、どこにも痒みを感じないのだ。 どこか釈然としなかったが、身体に違和感は無く、既に就寝時刻を回ってい たので早々に眠ることにした。 第二の妨害者は現れない。静寂と暗闇の中に私の意識も没していく―――は ずだったが・・・・・・ 陽光が差し込み、蝉の声が鳴り始めても私の意識は覚醒したままだ。徹夜の 後のような気だるさも無く、身体も頭も不気味なほどに快調だ。 私はベッドの上で半身を起こすが、強烈な違和感を湛えた朝にそれ以上の動 きはできず、ただ固まるばかりだった。 (以下、次号) ___________________________________________________________ / 3 首切り社 前編 / _____________________________________________________/ 高松晃樹:作 蒼天を比翼の鳥が飛んでいる。僕はそれを村の外れの草原に寝そべりながら 眼で追っていた。 日が真上に差し掛かるころ、それはいつもどおりの日常だった。僕は村の中 でも蒼天を寝そべりながら見渡せるこの場所が好きだ。 僕がこの村に生まれて14年。僕は一度もこの村から外に出たことが無い。 というより、村から外に出ることは掟で許されないことだった。それが何のた めにあるのかは知らない。何度か両親や村長に聞いてみたことはあるが一度と して教えてくれたことは無かった。それどころか、子供の知ることではない、 と怒られる始末で、僕はそのことにひどく不満を持っている。そしてこの不満 を持つ子供が僕一人だけということも。 どうして他の子供は、いや村の人間はこの閉鎖した世界に疑問を持たないの だろう。不満を持たないのだろう。生まれてから死ぬまでずっとこの場所にい ることは苦痛じゃないのだろうか。それとも僕の考えが間違ってるのだろう か。・・・どちらにせよこの息苦しさはなくなることは無いのだけれども。 だから、僕は時間さえあればこうして空を眺めている。こうして境界線の無 い風景を眺めていると村の閉鎖的で、息苦しい感じを味わずに済むから。 「おーい、タケルー」 ・・・時々邪魔は入るけれど。 僕は体を起こし声の方を向く。やってきたのは思っていたとおり、僕と同い 年のユキだった。 「また、こんなところで怠けてる。・・・畑の収穫、手伝いしなくていいの ?」 ユキはパタパタとこちらに小走りできたかと思うと立ったまま、座っている 僕を見下ろす形で文句を告げた。 「親から聞いただろう?今年は不作なんだってさ」 「だからって怠ける理由は無いんじゃないの?家の手伝いなり何なり、やるこ とは幾らでもあるじゃない」 「今、空を見てるの・・・」 そういってもう一度寝転がる。比翼の鳥はどこかへ去ったのだろう、姿を消 していた。 「そういうユキはどうしたんだよ。まさか、空を見に来たって訳じゃないんだ ろ」 「どうしてそんなことしなくちゃいけないのよ。トウマがね、例の社に探検に 行こうって」 トウマ。僕やユキと同い年で、村長の末子だ。僕は比較的トウマと、今目の 前にいるユキとよくつるんでいる。大抵遊びの誘いはトウマからで、僕とユキ はその誘いに乗る形になっている。 「探検ねえ」 僕はあまり乗り気では無かった。此処のところはいつもそんな感じである。 どうにも億劫で仕方ない。 「また面倒くさがってる。いいじゃない、探検。面白そう」 「子供じみてる」 「事実子供じゃない。<楔子の儀>を迎えるまでは、私もタケルもトウマも」 この村には子供と大人の線引きとして<楔子の儀>というものがある。成人 になるに当たり全ての村人はこの儀式を受けなければならない。毎年、収穫の この時期に行われ、その対象は14歳の男女。・・・つまりは僕、ユキ、トウ マ他数人が今年、楔子の儀を受けることになっている。僕としてはあまり実感 は無いのだけれど。 「だからって、探検、ねえ」 大体ユキがこの手の遊びに乗り気なのも不思議な気がした。おおよそ夢とか 浪漫とか言う言葉に縁が無いユキが「面白そう」とは。 「ユキって探検なんかに興味あったっけ」 僕が聞くとユキはすました顔で、 「無いわよ」 と答えた。 「は?」 「私が興味あるのはその社にある伝承。タケルも聞いたことあるでしょ?<首 切り社>の話」 「首切り社・・・」 聞いたことは・・・あっただろうか?なんとなくではあるが、誰か、両親かそ のあたりに聞かされたことがあったような無かったような。 「知らないの?」 あきれた風にユキは言った。 「聞いたことはあると思うけど、忘れた」 ため息をついたユキはそのまま僕の横に腰掛け、頼んでいないのだけれど、 首切り社について語り始めた。 「あの社にはね、豊穣の神様が祀ってあるの。不作をなくし、豊作をもたらす 神様がね。で、毎年村はこの神様の好みとされるクアナの実を捧げていたわ け。でもある年、・・・といっても100年以上前の話になるけど村の子供が 悪戯でその実を盗んでしまったの。神様は起こってその子供を殺した」 ずいぶん物騒な神様だと思った。豊穣の神って言うぐらいなのだから、もう 少し温和でいてくれないのだろうか。 「しかもその殺され方が普通じゃなくて・・・。首が胴からスパッと離れて殺さ れたの。首から下はその子供の家の軒先に置かれてた」 「首は?」 「・・・社の祭壇に。血に染まった鎌と一緒にね」 「・・・」 「で、それ以後けっして神様への供え物を取らないように、あの社は子供が入 れないよう、封鎖された。年に一度、村長が供え物を捧げるとき以外は・・ ・。と、こんなところかしら?」 ユキは笑いながら話しを締めた。首切り社に興味があるといっておいて、そ の実全く信じていない風だ。そのことについて聞いてみると、 「だって嘘に決まってるもの。大方、社に不用意に近づいたり悪戯しないよう にって大人が作ったものでしょ」 と答えたのだ。 「じゃあなんだってそんな話に興味があるんだよ」 「どうしてもその話を信じちゃってる子がいてね、あんまりむきになるものだ から、この際嘘か本当かはっきりさせようってことになったの」 トウマだ。あいつはこういった類の話をすぐ信じ込んでしまう。 「嫌だよ。なんだって僕が」 「他に付き合ってくれる人いなくて」 「2人で行けばいいだろ」 「何かあったらどうするの」 「何考えてるんだ、お前は」 「ね、お願い。2人だけじゃ心細いの。タケルだったら頼りになることこの上 ないし、トウマだってそう言ってるんだし。だから、ね?」 一体僕のどこが頼りになるのか聞いてみたい気もしたけれど、どのみち僕が この2人に協力しなければならないことには変わりは無いのだろう。結局、僕 は渋々承諾したのだった。 (以下、次号) ____________________________________________________________ / 4 DERRIER LE MIROIRE 第三回 / ______________________________________________________/ 秋元悠輔:作 ●カット:男と女、椅子やらグラスやらを片付けている。どうやら、所蔵品展 が終わったもよう。女、額縁から絵をとりだして、カルトンにおさめ、しま う。ふと、そのガラスケースを外した額縁をもちだして、男を眺める。男は立 ち上がる。それはかつてのマグリットの肖像そっくりである。そして振り向 く。キャメラは女の滑稽な姿を写す。 インサート:女「ミロよ」 男「ミロだ」 女「そうよ」 女「わたし、ミロよ」 男「じゃあ、ぼくはマグリットだ」 女「ちがうわ!」 カット:女、なぜか憤慨する。男、ひるむ。 インサート:女「あなた、だれ?」 カット:男、アップ。とても困惑している。そしてやがて、憤懣やるかたない といった表情に。しかし、なにも言い返そうとはせず、立ち去る。女、額を振 り下ろし、破壊。そのショットはとても象徴的でありたい。破壊された額。 ●カット:うすぐらい画廊。女、ドアからやってくる。キャメラは女へミディ アム・ショット。女、表情が堅い。そこにフィデリツィーヨの『貞操帯』が オーヴァーラップ。ラップが終わると、ドアの向こう側の電気がつく。女、そ のまま中央へ。そこには椅子が二つ。そして座る。すると、医者らしき白衣の 男が登場。だがなにも持ってはいない。男も椅子に腰掛ける。キャメラはそれ を遠巻きに撮影。医者、女の乳首を抓む(そういった仕種でもいい)。そこに ちょうど、フォンテーヌブロー派の『ガブリエル・デストレとその妹』がオー ヴァーラップ。ついで破れた『貞操帯』、そしてさきほどの破壊された額。 インサート:医者「おめでとうございます」 カット:男、目を覚ます。どうやら今のは夢のようだ。男、左右を見渡す。ど うもしばらくは夢だとわからなかったもよう。男、画廊の隅にあるワインとグ ラスを取り出し、一杯。その手はわずかに震えている。ぎこちなく髪を掻きあ げる。動揺しているのだろう。 インサート:男「マグリットだ!」 カット:男、ふと下を見る。そこには破壊された額がある。しかし、それはな ぜか先ほどの額と違って、黒塗りの鏡もともども割れている。(ちなみにこれ 以降、絵画からの引用がなくなる) ●インサート:「三ヵ月後」 ●カット:先ほどの夢のシーンが反復される(コマ抜きで)。 ●カット:女、電話をしている。愉しそうだ。男、ただそれをしばらく傍観し ている。だが、男、目を下にやり『枝状に刻み込まれた流し目』を見る。キャ メラはその版面をアップ。手書きの文字を複製にした版面。そして奥付のとこ ろのにある、著者(ジョルジュ・ユニュ)のサインを真似て書いてみる。そし て男の瞳。女、電話を切る。 インサート:男「オートグラフ」 カット:女、振り向く。 インサート:男「今度はオートグラフだ。文字もまた象徴だ。記号そのものと いってもいいだろう。署名行為を行い、画家と絵画が別れを告げる。それはそ れでロマンティックなものだろう。一つの戦争が終わって、あたらしい歴史の 幕開けのようでさえある。だが、一つの紙に自分の思考の断片を記録するこ と、これもまたその者の歴史に違いない。・・・ブルトン、・・・シューベルト 、 ・・・サド、・・・シェーンベルク、・・・オッペンハイマー。彼らの肉筆。エ クリ チュール書かれたもの。」 女「だめよ」 カット:女の顔。凛としている。 インサート:男「どうして?」 女「そんなのじゃ遅いわ」 男「遅くなんかないさ」 女「歴史も、時間も、そんなもんじゃないわ。画家と絵画が別れを告げるとき は、百年の孤独を一秒で渡りきるようなものだわ。画家が紙の上に小さなイン クを一滴たらす間に、画家も絵画も百年の孤独を強いられているのよ。そうし てできあがったたった一秒間の青い一点に夢の色が詰まっているのよ。混沌、 生成、流動、遺棄、絶望、希望、戦争、平和、主義、国家、存在、消滅。アー A、ベーB、セC、こんなちんたらした記号を書いて、いったいどれだけの夢 と歴史を語ることができるっていうの? 『エクリチュールをこえて、シー ニュの姿のままに、光速で伝達すること、伝達不可能なものを、音さえもこえ て、伝えること』、あんたいったい何を学んだの?」 男「・・・・・・」 カット:男のバストアップ。女のバストアップ。 インサート:女「あなた、だれよ?」 カット:男、呆然と立っている。 ●インサート:「さらに三ヵ月後」 ●カット:キャメラはセットをオープンエンドな俯瞰でショット。そこに男と 女、互に正対象に椅子と机を離し、互に壁に向き合って仕事をしているさまを 撮る。どうもたいへん、不仲なようす。ここでの各カットはすべてオーヴァー ラップによる移動(それによって時間がたんたんと過ぎていく様を表現)。 女、なにか帳簿をつけている。ときには鼻にペンをやり、ときには頭をかく。 男、版画を一枚々々とりだして、確認し、おもむろに紙になにかを書き付けて それを版画と一緒にカルトンにおさめる。女、背をのけざまにして、のびをす る。男、首を横に振ったり、肩をほぐしたり。そしてキャメラは鳥瞰に移り、 男と女の頭が二点。それが移動したり、他の場所に移っていながらも、それら は互に不仲な移動を繰り返している。そしてショットは再び、互に壁と向き 合ったままのショット。女、男のほうを向く。男、ふと、その気配に気づいた のか、振り向く。お互いの眼差し。男、立ち上がる。女も、立ち上がる。そし てたがいに、画廊の中央までやってくる。これは鳥瞰のショットとオーヴァー ラップしたまま。そして、もう一方にキャメラはパンし、男と女が向かい合う バストショット。そしてお互い、同時に手を他方に差し延べつつも、触れられ ず、ただ虚空にかざすばかりだ。 インサート:女「鏡の裏側には、その人の歴史がうごめいているのよ」 男「君の歴史を見ている。混沌、生成、流動、遺棄、絶望、希望、戦争、平 和、主義、国家、消滅」 女「ロマンティック?」 男「反吐が出そうだ」 女「とてもいいわ」 カット:女、ほほえむ。男、はにかむ。仲直りというやつだ。 インサート:男「ぼくのはどうだ」 女「混沌、生成、流動、遺棄、絶望、希望、戦争、平和、主義、国家、消滅 ・・・・・・反吐が出そう。だってほとんど同じだもの、皆、そしてあなた。あ るい はあなた以外。もう一つはあなただけ。」 男「『唯一の真実は一であり、残りは単にその繰り返しに過ぎない』」 女「ナボコフね?その歴史を見てみるわ、ジョイス、プルースト、プーシキ ン、プロチノス。」 男「現実が虚構の繰り返しか」 女「あるいはその逆か」 カット:男と女、笑い合っている。どこか恥ずかしげに、うつむきかげんに、 だが、笑いを堪えきれないといった風にとめどなく、痙攣がついてまわる。 インサート:男「現実が虚構の繰り返しか・・・・・・」 女「あるいはその逆か」 男「意識の地獄」 女「意識の鏡の地獄」 男「きみはぼくの鏡」 女「ミロよ」 男「まだそんなことを!」 カット:男、やにわに女の頬を張る。女、手ではたかれたところを蔽う、痛み を噛みしめるように。男、そのはたいた手のやり場に困るかのように、虚空 に、ひかえめにかざしたまま、立っている、が、やがて耐えられぬとばかりに 踵をかえして、自分の机のところに戻る。両手をその机にかけ、項垂れる、女 への仕打ちを後悔しているかのよう。キャメラ、ピントを絞り、全体のショッ トをとらえる。 インサート:男「来月にはオートグラフだ」 女「ミロよ」 カット:男、たまらず、振り向く。女、下を俯いている。 インサート:女「ほら、夢よ」 カット:キャメラ、女の視線にあわせるかのようにして腹を撮る。男、最初は なにごとかわからず、視線を女の顔と腹に上下させているが、やがて、おもむ ろに顔を横に振る。 カット:男「ばかばかしい!」 女「夢みたい」 男「夢だ」 男「嘘だ」 男「虚構だ」 女「夢は虚構よ」 女「虚構は現実よ」 男「そうだ」 男「絵画だ」 男「鏡の裏側だ」 カット:男の顔、うしろには女。だがいずれにせよボヤけていて見えずにい る。 (以下、次号) ________________________________________________________ / 5 地に人、マッタの託宣 / ――ロベルト・マッタの版 / ________________________________________________/ 緩瀬洋一:作 マッソン、ラム或いはルフィーノ・タマヨといった面々はたしかにマッタと 一脈通ずるものがあって余りある。だがいっぽうでマッタを除く彼らは屡々、 いや往々にしてその時局的側面に――いっぽうではカストロ、いっぽうではフ ランコ、もういっぽうではヴィシー或いはナチズム、世界大戦といった現実の 権力行使の蹂躙を前に――もしくは合わせ鏡のように――災禍の予感漂う不穏 な色の余白の真中で(或いはからりと晴れわたりすぎているがゆえに寧ろ不安 を掻きたてられずにはいられないその《空の青》の下で)、ディオニュソス的 な蕩尽や祝祭を繰りひろげていたり、そうした人間的営為のさまを、おどろお どろしく凝視する異邦の司祭を肖像画めいて描きあげている(ここで嘗てフィ デロ・カストロの同士であったカルロス・フランキのラムによせつつも実のと ころわれわれへの託宣でもある一言――「肝心なのは、危機を緩和することで はなく、それがもつ、時代に応じた破局的性質を暴きたてることだ」)、とこ ろがマッタはそうではない。なかんずく彼の七十年以降の版画にたち顕れるか ような偶像たちには、先の三氏がこのんで描いていた目や眼球がみられないと いうことは、注目に値する。あのおどろおどろしく白めきたち、官能や惨酷に 爛々と光らせる、或いはそれをすら蹂躙しようと画策する目。それを忌避する かのようなめしい盲の純真なるかたわ不具者。 話はいささか長くなるものの、《良心の眼》というフランスの諺に見るとお り、眼球とは道徳の権化であり、抑圧の象徴であるとジョルジュ・バタイユは 伝えている(『ドキュマン』の「目」の項を参照されたし)が、さらにバタイ ユはそうした眼球がいっぽうで――たとえば彼の極めてすぐれた官能的小著 『眼球譚』にみられるとおり――色情効果を相乗する一つの象徴であると指摘 していて興味深い。バタイユはその半生をオルレアン国立図書館の館長職に捧 げており、「ドキュマン」誌主宰の頃、ソリテール版辞典の編纂を請け負って いたという。その際、バタイユは「眼球」の項目に二つのヴァリアント異文の 掲載を指示した。一つは文献学的範疇のもので、「眼の印象」と題された、バ タイユと同じく、時の隆盛、アンドレ・ブルトンによるシュルレアリスムと 真っ向から拮抗したロベール・デスノスによる表現解説文であり、一方ではマ ルセル・グリオールによる民俗学的解説であり「悪意の眼差しへの信仰」を取 り扱っているが、問題はそこで、バタイユの註解によれば、アカデミーの辞書 では、あまりに卑俗すぎるという判断の下、《秋波を送る》(faire l’ eil 、フランシス・ミシェル編纂の『隠語辞典』によればこの慣用句は、「淫 売のご挨拶」とある)という言い廻しが認められていないことを指摘している のである。くりかえすようで慙愧に耐えないが、マッタには目がない。それは 権力と官能の支配する父性神話からの幼児性退行行為に相違あるまい。「きみ は目をとざし、そして心音の拱門をくぐり、きみは己の内に入るために己のう ちから出る、心臓は一つの眼である」・・・・・・オクタビオ・パスの、マッタ に捧 げたみごとな至言の一つだ。 * 神話? そう、マッソンによってミシェル・レリスが垣間みた、官能の神話 の暁光はだがマッタによってさらなる神話体系を確立したといえよう。どこに ? さよう、あえて断言による謗りを覚悟でいってしまうのならばそれは《母 権制神話》の創世であり、かのマルセル・ブリヨンがレオノール・フィニーや ロメール・ブルックリンのうちに垣間みた神話の苑なのである。だからマッタ がfemme surrealisteたるジョイス・マンスール、この『ジュリアス・シー ザー』の書き手、ソドムやゴモラにおける背徳的な女性の理想郷を夢みる、異 郷の女流作家の詩に類い稀な版画を捧げているのは必然の一致なくしてはあり えないだろう。――その名も『地獄堕ち』。 膣の痙攣の 炸裂ついで地すべり 縊死人に 舌を呑ませてはだめ わたしは尾?骨の上に 苦しい打擲をかんじる おまえの管の白いクリームのなかへ 想いに耽りつつ流れこもう そして おまえの花冠の湿った背に 肌ぬきの手をすべらそう 野蛮な雪の喇叭もつあなたの鈍色の植物を 傷めつけてやろう わたしは ゴモラの渦 (巌谷國士訳、一部改変) じっさいマッタの絵に立ち戻ろう。――『中心の結び目』の一枚(どれであ ろうともいっこうにかまわない)。あえて身の危険を鑑みずに、かの創世記に かんする賢しらな薀蓄を傾けようとはしないものの、嘗て塵から生まれたのと 同じように、不穏に凍りつき糜爛からも消滅からも程遠い記憶の塵の中から、 まるで土人形のように生まれた、柔らかい色に彩られた生命のどこに肋骨をみ いだせよう? その柔和な輪郭とあからめ脈打つ肌の鼓動のどこに男性的な壮 健ぶりをみいだせよう? 寧ろ子宮そのもののごとくたおやかに余白を遊覧す る生命にあわせるかのように、その余白は、情熱的かつ健康的で、官能的な赤 にうるみ、或いは息吹きをもち風をなす草木の萌芽をうかがわせる緑の繊毛癬 苔の絨毯をいちめんに繰りひろげてみせる。嘗ての不感症的な少年君主の機械 世界から、その滅亡ののちのあらたな育み、躍動・・・・・・ * ・・・・・・その後の世界は絵にみるとおりだ。七五年の『チリにて』PER IL CILIA, Rome Galleria dell'Ocaや『弓、或いは曖昧な時間』L'arc obscure des heures, Multiplicata S.A・・・・・・そして七十年から自伝的作品として やが て五つの、いずれも恐るべき密度によって戦慄にたる版画集、その名も『男母 (ホ・メロス)』連作に至るまでのタブローたちは、まさしくキリスト教の創 世記から、やがて彼が八〇年代にその地へ巡礼することで感応したとおぼしい ギリシャ神話まで、その人間的営為のお歴々をもののみごとに模倣し、回帰 し、漸近的に刷新してゆくのは火を見るよりも明らかであろう。そしてその マッタの軌跡の果てには、いうまでもなく当初にみたアポカリプスの再来が マッタを・私たちを待っている。だが、そこには恐るべき倒錯が隠されてい る。あの、嘗ては冷酷で男性的な寒空で磔にされた機械世界の余白は一変し、 情熱的で、受苦にも似た紅蓮の炎や、氾濫的で力強い原色の横溢にみなぎって いる。それらは、まさしく、子宮の中に戻ったかのようではないか。・・・・・ ・こ れ以上いうべきことは何もあるまい。 * ロベルト・マッタ。一九一一年、チリに生まれ一九九九年没す。 その間の経緯は、以上のとおり、だが、若干の矛盾と余剰をその身に孕ま す。 (完結) ____________________________________________________________ / 4 書物鑑 第三回 / ________________________________________________/ ヴァレリー 著/緩瀬洋一・鈴木清一郎 翻訳 書物の容姿(2) ここに一つのくけい矩形がある。装飾を施すものにとって屡々架せられるも のの最たるものが、そのおもて表面のお召し合わせにある。扉、かまち框の 壁、開戸、そのぐるり周囲、題扉、そしてとどのつまり畢竟は、表紙。どうす べきか? 寸法は定められ(と仮定して)、縦横比率もまた然り。原材料にか んしてはいわずもがな。どうすべきか? 空白がある。これは自由だ。比率と 原材料、屡々適合性も問われ。こちらは束縛だ。逡巡のひととき一瞬。このと きこそ自由こそが寧ろそこに困難性を宿す。この二律背反から如何にして免れ よう? 行為の最初の牆壁は、牆壁の欠如である。 いとも容易く、それこそ即座に思い浮かべるのは、主軸、すなわち対角線を その矩形にひ罫くことで、めいめいの辺の中点を結び、輪郭をきわだたせるこ とだ。この短絡的装飾だけでことたりるばあいもなきにしもあらず、或いは、 さよう、幾何学的道程を経巡って、矩形に菱形を穿ってみせよう。この菱形が 楕円形を暗示し、その基軸にだってなろうこともありうる。 だが、これらいちれんの行いは、創作を前にしての忌避、一種の無気力乃至 自信の欠如を端的に吐露しているといってさしつかえあるまい。ここに一つの 大きな誘惑がある。それは記憶のうちに容喙する。すでにわたしたちが知って いるところのものが、多かれ少なかれ陰険に、ときにはいやに小賢しく変装を ほどして姿を顕すや、わたしたちに既成の装飾観念をことづてする。その〈惰 性〉という名の悪魔は、もうそれ以上のことなどできはしない、〈師〉の教え に背いてはならない、お手本を尊守することに畏れてはいけない、と耳元で囁 く……。保証済の価値をかえり顧みるなとはいわない。それは自殺行為という ものだ。軽蔑するものは軽蔑することを教える。かといって《正反対》のもの を作り出すべく苦心惨憺し、それらを拠りどころ処にするのも賢明とはいえな い――こういったことがらは屡々見られよう。そして《逆模倣》は模倣よりひ ときわ手におえぬ。全き芸術家の真の肯定は寧ろ作品に先だつ深い想念、その 理想そのもの、しかのみならず《倫理》に裏づけられた、その深い想念のうち にのみあるのである。 * 装幀芸術の前口上として、是非とも以上のことがらを、あらためて回逡する 要があった。わたしは先述のとおり、芸術には段階があると申したが、これら の段階は、芸術家が己が身をそこに寄せている範疇にたいして抱いている観念 によって(物質的完成度――だれもがすばらしいと思う――ではなく作品の観 念自体に)あきらかにされる。なかには自分が如何なる芸術をもっぱらその範 としているのかさえおぼつかぬやから輩もなきにしもあらず。わたしは、全く の外面的傑作、とるにたらぬ書物をくる包みこんだ、目も絢な装飾をほどこさ れた鞣し革、モロッコ革、こうし犢革などを否定はしない、だが、かく劃て内 容から独り立ちしたくるみ包装は、それゆえに如何なる書物にでもおかまいな しにいくらでも施すことができる(ときにはこうした包装に所有者のしるし徴 が附されることもある。畢竟、ご存知のとおり、高雅流麗、時には奇を衒った 風な装飾ができあがる――紋章、座右の銘、印章など、かような装幀は、さる 著名人の旧蔵品として純粋に歴史的価値をそこに宿すが、これは今わたしたち があげつら論っている芸術とは全く趣きを異にしている)。わたしが今いった ようなばあい装幀家のなべては一冊の書物の表っつら面の飾りたて一点にしぼ られ、その書物の肉体と魂のあわいには、ふさわしき相補的関係などありはせ ず、一巻の書物がひもとかれ、語りだすや、装幀家はその勝負の行方を放棄し たも同然となる。 * ここでこのふさわしさという点について、間々見かける奇怪なことがらをお ひろめ披瀝さしあげたい。わたしは黒魔術や?神のミサ彌撒の為の典礼定式書 人皮装幀本を閲し、一種のおのの戦慄きをもってそれを我が手におもねたこと がある。か彼のおぞましき書物の背には、一房の毛髪も具えつけられ。ここに は、いっさいの芸術が灰燼に斉しいが、あきらかに、この呪わしい書物の身の 毛も弥立つ外見と地獄絵図の内容とのあいだに、世にも痛烈なる一関係がもう けられ。 さらに別の例もある――これは先の例とは全く趣きを異なってはいるもの の、たいそう堂の入った愛書家が珍本創作に思いを馳せる余り、書物とそれに 召された装幀の主機能を失念してしまったときにおちいる滑稽な一例である。 エドモン・ド・ゴンクールは、友人らのもの著した初版本を羊皮紙装幀に仕立 てた上で、その表紙をその作家に最もふさわしかろうとおぼしき画家たちに描 かせた肖像で飾ることにした。ドーデにたいしてはカリエール、ゾラにはラ ファエリといった具合に……劃してそれらの書物はひもとくことを禁じられ た、何故というにそれらに少しでも触れようものならいちじる著しい劣化を招 くため、未来永劫、硝子棚の肥やしにせしめねばならぬしろものだったからで ある……。果たしてそうした顛末が書物の真の運命たりえようか? こうした 某迦げた危険に愛書家はじっさいに曝されているといわねばなるまい。《テモ アン断裁済紙》を不揃いのまま贐に《大版製本》に仕立てることほど愚かし く、且つ醜いものはない。この贋の《証言》の滑稽なまがいもの趣味は、当世 趣味ばやり流行のさなか盛んにくりかえされるようになった。真の趣味、是書 物の全道徳間に一種の均衡を希求せんもの也。 * ポール・ボネ氏の探究心と、そしてわたしたちの眼前にくみ与されたその結 実とは、効果的側面において嘗てわたしが示唆した芸術の最高点に愈々達せん としているとさえ思わせる。芸術の最高点、これは先述(主張さえもした)の とおり、一つの作品にたいする全人間的能力の収斂の、参加ということのみご とな成功のうちにのみ宿る。 ボネ氏は、書物の《容姿》とは、その胚因並にしかじかのものであるといっ た存在意義を、その作品が一躍ひもとかれたおりに弄せんとしていることを顕 わしめることであると――さながら宛然、読者の眼ざし、口唇、知性にたいし て弄しようとしている作品自身の精神、文体、内的生命が、一躍書物の外装の 睨下に下されているかのごとく――とらえ、その証明にいそしんだのだ。 だがしかし、これが至極容易で、なんら危険もなくとりくみうる業だと、ゆめ ゆめ思ってはならない。安易な糸口があることもわたしは重々承知の上だ。革 の上に紋章を箔押する、或いは内容の真意に叶った挿絵を添えるなど。それに なによりもこうした種の過ちや醜聞も間々小耳に挟むこともある。だが、芸術 家ボネは、こうした惰性に背を背け、アナロジー類推の冥利な方向へとそのい そしみを向けたのである。 書物の容姿と声とのあわいに求められるべきもの、それはシミリチュード相 似ではなく、まさしくボードレールが(少々スウェーデンボルグの意をか果っ て)《コレポンダンス交感》と呼んだものである。(喩えば)或るテクスト版 面の挿絵が、一種直接的翻訳、いわばかなり限定された一演算によってテクス ト文面から演繹されるのに反して、その文面に叶った装幀とは、一種の共鳴で なければならない――それは目的達成をめざすものにたいして、かような感情 的諸力に応えそれを創造行為の秩序のうちにみたしうるすべ術、そのすべてを そなえた機敏な感受性を希求する。 氏のスタイル様式の推移は、以上のことを鑑みても、きわめて多くのことを わたしたちに示唆している。作品から作品へと、一種の洗練、たゆ懈まぬ探 究、技法清楚化――そうしていくうちにもあまたの新技をみいだし、その効果 をより深くたしな嗜まんをめざすことで確乎たる豊饒さをその身にう獲るのだ ――がみとめられる。これぞまさしく古典主義的道程である。ご周知のとおり 文学におけるそれへの漸近は語彙の削除によってなしうる――使用単語数の減 少、が、それはいっぽうであまね遍く使用法をそのうちに孕ます。そしてこの 《道具》の減少こそ、精神の真の資源、単純化と結合の能力をいやまさせる兆 候なのである。 氏はこんにち人口に膾炙し、もて囃されもした――忌憚なくいってわたしには あまりこのましいとはいいがたいが――くだんの革のモザイクの匠技をなかば 放擲しているように思われる。そして、氏は《フェール箔押器》によって、も はやそれが永らくその魅力を喪って久しいとおぼしきこんじき金色の罫線や箔 型によって、個人的意見としてはひっちゃかめっちゃかな色の累々をいっしょ くたにするより遥かに斬新で、しかのみならず魅力的配合をそこにたたえてい よう。儚いまでに繊細な幾何学の上に氏の配合はなりたっているとおぼしく、 わたしには装幀芸術にたいし、第三の曙星をみひらかせる印象をうけた。わた しは物理学が作図しうる図形(わたしは今、《力点》を示す図のことを念頭に 措き、)の内に装飾の前代未聞の根源をかいまみて久しい。そこには誠に前途 洋々たる創造の未来がある。だが、こうした数学的範疇の開拓によってえられ るであろう富が如何ほどのものであろうとも、趣味性と感受性とがそれを凌駕 し、内的な自己同化を果たさねばならない。 わたしはここでなかんずく深い感銘をうけた氏の才穎まれなる特殊な応用例 を、失念し語らずして了えられようか。たとえば、装幀は極めて微に入り細を 穿って施されているのにもかかわらず、その上の箔文字はうとましいまでに、 厚ぼったく押捺されていて如何にも雅致に欠いているものが屡々みられる。 いっぽうボネ氏が優雅典麗にして清楚鮮明なる、その物体の総和と活字の調和 をみいだそうと倦むことなく苦心惨憺したことは、わたしにとって氏の積極的 功績の一つとして称えられるべきものであるよう思われる。この〈物体の総 和〉という献辞によって、或る最も高貴なる理想の存在の証明に一役かった、 その奮闘と功績とにたいするわたしの敬意と称賛とを表さずしてどうして筆を お擱きえよう? 書物に十全たる価値を与し、書物の潜在的人格とも一致した 可視的人格ともいいうる生の容姿をも与せんとする確乎たる意志は、装幀家が その胸にいだくことが能うる最も高貴な企てである。 またしかし、氏によってな成就されたあまたの廉価本にほどこされた鍾愛すべ き厚紙装幀にふれずしてどうして筆をお擱きえよう? たいそう一般読者はご 満悦だ。拙作のいくつかを、その明媚且つ繊細な装飾によって彩られることを なしおおせたわたし自身はと問われれば、あまりに魅いってしまったゆえ、と きにはそれらをもういちどひもといてみたい誘惑に駆られたことを、ここに告 白しておこう。 訳者後書 〈海皮フランスでは生涯の盟友、イギリスでは一、二週間の賓客……〉これ は、嘗てオスカー・ワイルドをして〈神々しき趣味人〉とまで言わしめた著述 家にして愛書家、そして類い稀な造本家であったアンドリュー・ラングの言葉 である。フランスでは、版元は上質の紙に、長もちするインクで程好く余白を たたえつつ、それに調和するかたちで活字を埋めるにすぎず、いわゆる〈余白 哲学〉に徹し、もっぱらその〈表〉である装幀にはまずふれることはない。表 紙はお世辞にも美的側面を欠いた、無粋な黄表紙が殆んどである。〈下着姿の みすぼらしい女性〉という人も時にみうけられる(わたしはこの姿にもじゅう ぶん魅力をかんじるのだが……)。それらを購った読者にその装幀はゆだねら れ、装幀家にたのんでこころゆくまでその鍾愛の書物を飾りたてるrelureの伝 統がそこには著しく根づいている。いっぽうイギリスやドイツでは然にあら ず。版元装幀を範としたそれらは、人文科学や自然科学の刊本が主であったた めかは判然とせぬも、堅牢一徹の、箔押布装釘本が一般的で、まさしく図書館 ゆきのしろものであった。だが、臥薪嘗胆、かのウィリアム・モリスのケルム スコット・プレスやセント・ジョン・ホービーの「アシェンデン・プレス」な どの私家版工房によって、総ヴェラム装、木版多色刷りという贅美をつくした 版元装幀本がイギリスにおける〈理想の書物〉づくりに一縷の光明をあて、く だってコブデン=サンダスンの「ダヴズ・プレス」やナンサッチ・プレスに よってそれらは市井の人々に敷衍化され・齎されたのである。…… * さて、今回、フランスは二十世紀、近代の〈明晰の鬼〉ポール・ヴァレリー のものした書物にかんするくさぐさの随想を編纂し、ここに〈書物鑑〉と題 し、訳したわけであるが、そこには〈用の美〉たる《理想の書物》の如何をフ ランスの伝統に染め抜かれた感性でみごとに著され、嘗て「和本」という独自 の冥利な美本文化がありながらも明治の文明開花にともなう中途半端な西欧化 によって、生半可な「版元装幀」の伝統がこんにちにまで根づいている日本に おける〈余白哲学〉を刷新する好個のものであるといえよう(ヴァレリーもま た、こうした〈純粋主義〉に徹した、みごとな限定本を数々ものにし、それら は海皮で万金の値を呼んでいる)。夢二、清方、雪岱などによって生まれた、 日本の伝統を汲みつつも版元、装丁家、刷師、印刷師とつらなる分業の〈工芸 美本〉とも称すべき独自の装幀本の伝統はいずこやら、こんにちにいたってい る。二十一世紀、いまや新しき流通媒体を確立しつつある中で、〈純粋主義〉 という旧弊的思想の中に、いまだ汲むべきものを一縷の光明をかえりみて、こ この訳出した次第である。 * 収録作のうち、「書物」、「書物、二つの功徳」、「純白の紙」「「活版印 刷一筋五十年」序」は全て『書物私観』Propos sur le livre, Societe des Bibliophiles francais, 1956からのもの。前者のうち前二品は、全八章都合 十一節の集中、第一章「書物および自筆稿本について」四節の内の前二節、後 二品はそれぞれ第二章、第三章にあたり、前者は一九四四年、ニコラ・ルイ・ ロベールによる製紙機械発明百五十周年に供された草稿であり、後者はその同 題の著作への賛辞の書簡のかたちをとりつつ序文として附されている。これら はとりわけ書物にのみ、その食指が動いているものを選んだ次第である。また 『書物私観』には、書物と著者および挿絵の密接な相関を包括的・放射的に述 べた好著で(じっさい、「純白の紙」などは、かの記念祭のおり、その草稿を みずから〈純白の紙〉に浄書して、その複製を発表するというautgraphの芸術 的側面を体現しようとしていたらしい、が、ヴァレリーはそれを果たせず世を 去った)、いつしか完全なかたちでの翻訳を望んでいる。「書物の容姿」のみ は装幀家ポール・ボネのカタログPaul Bonet, Librairie A. Blaizot, 1945の 賛辞としてふされたものである(こちらは同年、同ブレゾ書店より非売品の別 刷愛書家向として限定上梓されている)。 翻訳にさいしてはGallimar版全集を定本とし、書物の用語の選定には、八木佐 吉『書物語辞典』、草人堂研究部編『装釘の常識』、プレーガー『最新製本 術』などを随時参照とした。遺漏があればこれをのちに正して、読者にお送り いたしたい。 T.A et S.S (完結) ___________________________________________________________ / 7 いさびの会公式HP「うぃさび」からのお知らせ / ________________________________________________/ 「肺」はその母体「いさびの会」の公式HP「うぃさび」との関連性と協調性 とをより一層深めるために、このたび新たに「公式HPからのお知らせ」欄を創 設いたしました。今後の「うぃさび」における活動内容を、新鮮かつすばやく お届けしたいと思っております。どうぞ「うぃさんび」のご贔屓のほど、よろ しくお願いいたします。 ! shop開設準備中のお知らせ 秋元です。 「いさびの会」はその理念のとおり、あらゆるメディアを駆逐し、それらを 媒体として、多くの人々が参加しうるためのひとつの試みとして行われていま す。今まではもっぱらコンピューターネットワーク上でその活動を奮っていた わけですが、このたび、あらたにオフライン上での新たな試みとして「shop」 を開設いたします。書籍からDVD、奢侈品、日常必需品までを、それぞれ作成 を担った複数の書肆が同時に展開し、その作者の内容にふさわしい美装によっ て、みなさまのお手元に届きます。いさびヴィエンナーレ第二部中に、その全 貌の一部と刊行予定作品の発表を行い、年内に数点を上梓する予定だそうで す。第三号発刊に当たって、その刊行予定品の一部を初公開にて、下に記して おきます。どうぞよろしく。 ※OFFLINE書肆「EDITION LE DEMANCHE」 「いさびの会」会員、およびその他の前途多望な気鋭の作家人の私家版発行 書肆として、内容・装幀ともに優れた作品の提供を小部数限定にて上梓させて いただきます。 ○ 村上翼写真集『(未定)』(サイン入オリジナルプリント一葉付、 ポートフォリオ式、限定発行) ○ ヴァレリー著/緩瀬洋一・鈴木清一郎翻訳『書物鑑(改訳決定版)』 (小部数限定発行、二者署名入) ○ 秋元悠輔監督作品『鏡の裏側』(ポートフォリオ式) ※On-line-shop「でんべえ」開店のお知らせ。 HP「うぃさび」の第二号店「でんべえ」は生活用品を中心に、あなたの食傷 した生活をターゲットとしております。Tシャツからカレンダー、卓上オブ ジェまであなたの視界の隅っこを異化させる、そんな一品をご提供いたしま す。九月一日より商品の公開を開始いたしますので、是非、いらして下さい。 (「でんべえ」http://isabi.nobody.jp/shop-den.htm) !! 「アナザ・イサビ」開設準備中のお知らせ 「アナザ・イサビ」担当の清水です。 といってもこのコーナーを企画したのは俺ではありませんので、何か書けと 言われても、企画者から聞かされていることしか書けないんですが、まぁ簡単 に紹介させていただきます。 この「アナザ・イサビ(another isabi)」ですが、その名の通りこれまで のいさびの企画とは少し毛色が違います。内容は、まともな神経なら躊躇して しまうような奇行に、いさび会員が体当たりで挑戦していくというものです。 どなたでもサラッと見れるコンテンツになる予定ですので、ディスプレイの 前に人を集めて皆さんでゲラゲラ笑ってください。 !!! 「いさびの会」発足八周年 開会八周年を迎えて いさびの会が開会したのは平成九年ですから、先る八月十九日で丸七年を終 え、八年目に入りました。これも一重に皆様方のお陰であります。本年度はこ れまで以上に飛躍する所存ですので、今後ともどうぞお力添えのほどをお願い 致します。(村上) !!!! 「腸」準備中のお知らせ 「うぃさび」ではこれまで文章作品の提供のみを「肺」および「肺々」で提 供してきましたが、このたび映像作品提供の場として「腸」を設立するにいた りました。すでに村上翼監督作品「don’t be mother!」、秋元悠輔監督作品 「ISABI/AMOUR」の作成が急ピッチでおこなわれ、いずれ時を待たずして、読 者さまがたに無償で公開されます。今回の二作品は数十秒の映像小品ですが、 いずれは短篇映画、中編映画の作成を予定しており、それにむけて一層の努力 させていただく所存であります。どうぞよろしく。(代筆・秋元) __________________________________________________________ / 8 編集後記 / _______________________________________________/ 秋元悠輔:作 いささか、凶兆のようなと地口めいた物言いも、さしたる陳腐さをかもさぬ ほどの酷暑が連日つづいているが、さて、いかがお過ごしだろうか。 挨拶もそこそこに、ここに「肺」第三号をお送りする次第である。創刊から 三号を数え、とりあえず世に言う〈三号雑誌〉の体裁をつくろいつつ、いくつ かの連載が完結を迎えたことは非常に喜ばしい、が一方でそこに一抹の寂寥を 感じずにはいられず、鈴原の「目玉を潰した王さまの話」、緩瀬の「書物観」 「地に人、マッタの託宣」二作の完結にささやかながらここに敬意を表した い。ついで三号完結という憂き目を拭払するにたるいくつかの連載を抱える恩 恵に浴し、感慨も一入である。 さて「肺」も三号を数え、とりへだてていうべきことはないが、公式HPでは 目覚ましい躍進を遂げつつあり、お互いの足取りを揃える意もあって、これか らはよりHPとメールマガジンの結びつきを強固なものとしたい。まずは小手調 べに「お知らせ」欄を設置したが、魅力的なコンテンツを新鮮な情報として、 逸早く読者の手に届ける所存である。 また第四号では「いさびヴィエンナーレ」特集号、さらに第五号は区切りが いいので、「回顧」特集号として、より多くの書き下ろし作品を提供したいと 思っている所存だ。 _____________________________ ○メールマガジン「肺」 第3号 ・発行日:2004/09/15 ・発行人兼編集人:秋元悠輔(「いさびの会」内「いさび出版部」内「電脳 班」内編集部帰属) ・発行母体:いさびの会 ・製作:いさびの会「いさびユビキタス」計画局「肺」製作委員会 ・同委員会委員:清水隆弘、松島由峻、村上翼 ?ご意見・ご質問・ご感想および投稿にかんするお問い合わせは → qisabi@yahoo.co.jpまで (※ 尚、このアドレスで直接扱いとなるものは「肺」の編集の前後にかか わることで、投稿作家の作品の性質に前後するものは、こちらのアドレスから 作家へと通知されます。ご投函のおりにはその旨を明記してください。) !「いさびの会」公式HP→http://www.geocities.jp/qisabi/hyoushi.htm (※公式HPでは、ここでしか読むことのできない、特別書き下ろし作品や先行 掲載作品が多数掲載されております。ぜひとも、ご高覧のほど、宜しくお願い いたします。) ・このメールマガジンは『まぐまぐ』、『MELMA!』等々を利用して発行して おります。 変更・解除は必ずご自分でお願いします(代理解除には対応しておりませ ん) → http://www.mag2.com/m/0000133424.htm _____________________________
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