【いさび交遊録】 第1話
登場人物:清水
男は自分の住処で一人、呼び出した三人を待っていた。
男の名前は秋元。
秋元は待っている間、部屋の壁に掛けられた絵を眺めていた。それらは
彼が趣味と先行投資のために購入した物だ。どれも裸の男女が、或いは
同性同士が絡み合っている様子が描かれている。
そこへ不意に「ピン、ポーン」とインターホンの鳴る音が響いた。
押してから離すまでの間にやや間がある。
男は待ちかねたという様子で立ち上がり、玄関へと向かった。
外開きの扉を開け放つと、おかしな体勢で固まった男が立っていた。
男の名前は松島。
どうやら開く扉に当たりそうになってとっさに避けたらしい。
秋元は彼の愛称を呼びながら軽く謝罪して、中へと招き入れた。
松島は、秋元以外には家人がいないのを知っていたが、入る前に挨拶を
怠るようなことはしなかった。
部屋に入った二人は床に腰を降ろした。秋元が松島の近況を聞く、まず
話を作るのはこの男の役目だ。
松島はそのマイペースさとは裏腹に、かなり多忙な生活を送っているが、
本人はそれほど気になってはいないのか、それとも友人を心配させるのを
嫌ってか、本当のところは自分のことは話したくないだけなのだろうが、一
言二言で軽く流して、同じ質問を秋元に切り返した。彼も質問の答えにいく
つか付け加えた程度で喋り終えた。どちらもあまり生活に刺激を求めない
人間なので、近況報告程度では話題を発展させられなかったのかもしれ
ない。
そこで二人の会話は一段落してしまった。他に音源となる物は存在しない
ため、一瞬のうちに静寂が支配する。秋元はあまり喋る方ではなく、松島に
至っては放っておくと全く発言しないということもあるため、二人のときはこ
の空気になることが多い。
もっとも両者とも、会話が続かないと死んでしまうという型の人間ではない
ため、気になってはいない様子だ。
ややあって秋元が次の話題を思い出し、口を開きかけたとき、静かな部
屋に外からの音が届いた。自転車のブレーキ音と、スタンドが下ろされる音
だ。
続けて「ピポピポピポンッ」と乱暴にインターホンが鳴らされる。
騒々しいと思いながら秋元は玄関へ向かい、扉を開け放った。外へ出た
ところの脇に、男が立っていた。
男の名前は村上。
秋元は彼の蔑称を呼びながら、時間に遅れたことを非難したが、村上は
悪びれた様子もなく秋元を押しのけ、ズイズイと中へ侵入した。
もつれ合うようにして部屋へ向かう途中に、秋元が何度か喘いだ。
三人になって会話は発展しやすくなった。主に話すのは村上と秋元の二
人で、よく自分たちの組織の活動について議論を交わすが、現実主義の秋
元と理想主義の村上は決まって対立する。そうなったときの保険が中立第
三者である松島だ。彼は積極的に参加せずともその役割を果たしている。
今日も早くから議論が過熱し、時間の流れも加速し始めたとき
「カンッカンッカンッ」
玄関の方から、人の手によって扉が叩かれる音が微かに響いた。今日秋
元の家を来訪するのは4人。集合時間を大幅に超過してやってくるあと一
人が誰なのか、みな知っている。松島はあまり関心なさそうに、あとの二人
は苛立った様子で「やっと来たか」と吐き出すように言った。「カンッカンッカ
ンッ」
再びノックの音がした。
何故インターホンを使わないのか、と秋元は更に苛立ちながら玄関へ向
かったが、一応は応対の態度を作っておくことにした。
ドアを開けた先に、にやけた表情の男が立っていた。
男の名前は清水。
秋元は二人目の遅刻者にも苦言を呈したが。これも少しも悪びれた様子
もなく「悪いねぇ」と言っただけだった。彼ら以外、誰もいないと聞いていた
ので挨拶はない。
清水は部屋に展示されている絵を、にやけた顔で舐めまわすように見て
いた。彼の趣向に合致した絵を見つけると「これ○○じゃん」としきりに叫ん
だ。秋元が相手をして、絵に対してコメントを添えたが、清水が部屋を物色
し始めると、さすがにこれはたしなめた。あとの二人は、見て見ぬふりをし
た。
清水が腰を下ろすと、出席予定者全員が揃ったということで、秋元が挨
拶をして今日の本題を述べた。他の三人とはテンションが違う。拍手を誘
うが、村上があからさまにやる気なさそうに手を叩くだけだった。
清水が膨らんだ鞄からゲーム機を取り出し、慣れた様子で人の家のテレ
ビに接続していく。村上がそれを殴った。松島は一人笑った。秋元はうんざ
りした。
今日もいつもと変わらない、いさびの愉快な集会が始まった。
第2話に続く