【いさび交遊録】 第03話
登場人物:秋元悠輔・麻生トモキ・久保通

 

 

 

 久保通が真っ赤に腫らした目をしばしばさせながら、秋元に紙の束を手
渡した。

「では、拝見」

 秋元がその原稿に目を通し始めた。それはあの伝説の作品「九十九里少
女伝説」の記念すべき第一話であった。昨夜、久保はそれを書き終えたば
かりであり、早速感想を求めて、秋元を自宅へと呼び出したのだった。

「いやあ、眠い眠い」久保が椅子の上で伸びをした。「昨夜は完成に興奮し
ちゃって眠れなかったんだよね。やっぱり完成した直後の爽快感、これは病
み付きになるね」

 喋り続ける久保に秋元はじろりと彼特有の冷たい視線を送った。少し黙っ
ていてくれ、さもないとうるさくてストーリーに集中できないじゃないか。眼鏡
の奥で光る秋元の目は雄弁だ。そもそも新作を読んで欲しいと呼び出した
のは君だろ、秋元はそう言おうかとも思ったのだが、止めた。長い付き合い
である、放っておくのが一番だ、秋元はそう結論を下した。せめて耳を塞ぎ
たかったが、それはそれで面倒なことになりそうだから、ぐっと目に力を込め
て九十九里に集中した。

「見てよ、これ」そんな秋元にお構いなしに久保は腕を差し出した。「こんなに
蚊に刺されちゃってさ。ほら、言ったっけ?俺、いまベランダで執筆するのに
凝っててさ。いやあ、やっぱりいいもんだよ、星空に抱かれて文をしたため
る、これが小説家の本分ですね。ねえ、秋元くん!」

 秋元は読了し、いくつかのアドヴァイスを残して辞した。例えばそれはヘリ
の名を<ボン・イベール>にするというものである。秋元は特に賞賛しない
代わりに、貶しもしなかった。

 久保は麻生トモキに電話した。彼は秋元の態度が不満だった。もっと労を
ねぎらって欲しかったし、もっと褒めて欲しかった。

「あっ、麻生?いまから来ない?実は懸念の…」

 その頃、秋元は帰路を急いでいた。一刻も早く中途の作の続きに取り掛か
りたかったのだ。

 

 

第04話に続く