目を潰した王さまの話 / 鈴原 順

 

 

 

 

 穏やかな気候の中、周囲の国々とも仲良くやっている素敵な国があります。それがこの物語のはじめの舞台です。戦争の嫌いな王様が代々治めているこの国では国民がみんな楽しく過ごしていました。国民は音楽好きな性質で、いつも国のあちこちから楽器の音色が聞こえています。その音にあわせて農民は鍬を、鍛冶屋は金槌を振るいます。宿屋のおかみさんは腰を振って客人の洗濯物を干しています。夕方になれば仕事を切り上げて広場へ出て、お酒を飲み、演奏に合わせてダンスに興じます。素敵な日々が流れているのでした。

 とはいえもちろん時には悲しいことや恐ろしい事だって起こります。火の不始末が原因で火事が起きたこともあります。しかし火事に遭った家の者は近所の人からやさしくされ、またそれを聞いた王様がすぐに新しく家を作ってやりました。火事に合った者は悲しみの涙を流す間もなく、感謝の涙を流すのでした。あるいは誰かが亡くなることもあります。しかしその時も国中の人が亡くなった人の思い出を語り合い、故人に心から感謝します。それはやはり幸福なことなのでした。夏の気温がいまいち上がらずに、稲がなかなか育たない年もありました。そんな時は食べ物が充分にある家々から困った農家の人に、毎日のように食べ物が送られてきて、彼らは食べきれぬほどに食べ物を手にすることになるのでした。国民の誰もがこの自分たちの国を誇りに思い、家族や仲間を愛しく思っているのでした。

 そんな国を治めるのが王宮に住む白髭の王様です。王様といってもただ威張っているだけの王様ではありません。誰よりも一生懸命に国民の事を考えている王様でした。だから国民の誰もがお父さんのように頼りにしているのです。その王様にはふたりの王子がいました。このうちの弟、彼がこの物語の主人公で名前を準一と言います。

 準一は小さい頃から、好奇心が誰よりも旺盛な子でした。乳婆のおみねは後、大きくなった準一にこんな話をしました。

「お坊ちゃまは本に、小さい頃から勉強家でしたよ。まだお産まれになって一年とちょっと、普通の子でしたらやっと喋り出すという時期なのに、お坊ちゃまは既に巧みにお喋りでしたよ。それも婆やあれは何だこれは何だと質問ばかりで。私めは学のない女ですからお答えできずに、ええ、困り果てましたよ」

 おみねは懐かしそうに話します。

 それから少し大きくなると準一の興味は王宮の調度品に移りました。王宮には素敵な飾りや珍しい芸術品があるのです。王宮には沢山の部屋がありますが、その中で準一が最も気に入っているのは第三倉庫でした。王宮には沢山の倉庫があり国中の子どもの絵を保管してあったり、今では壊れてしまったけれど誰かが大事にしていた楽器を預かっていたりします。その中で第三倉庫は外国からの贈り物がしまってある倉庫です。遥か遠くの国で発掘された大昔の壷や絶対に枯れないシクラメンの鉢、彫刻されたマンモス、きらきら光り輝く宝石、孔雀の羽。それにミイラまであります。広い倉庫の中には何に使うのかわからないものや、見たことがないものも沢山並んでいます。準一はそんな倉庫を探検するのが大変に好きでした。毎日毎日国で最も物知りの博士を伴って倉庫へ入って行き、あれはなんだこれは何をするものだと聞き続けるのです。

「博士。この孔雀の羽はどうしてこんなに短く切り揃えてあるんだろう。耳掻きかい」

「いえいえ。準一さま。それは猫じゃらしでございます」

「ではこっちはなんだい。これが耳掻きかな」

「いえいえ。それははたきです」

「ではこれもはたきだな」

「いえいえ。これははたきでありません。これはくすぐり用の羽です」

「そんなものもあるのか」

 準一は目を丸くします。

「そうですとも。準一さま。世の中にはわたくしたちから見ると不思議なものでも、他の国の者には当たり前のものが沢山あります。その逆にわたくしたちが当たり前に思っていることでも他国の者には奇妙に見えるものも沢山あります」

「面白いなあ博士」

「ええ。面白いですね」

 そんな準一もいつしか二十歳を向かえ、成人の儀式を終えました。その姿は立派なもので顔は凛々しく、いかにも頼りがいがありそうな青年に成長していました。しかしあの旺盛だった好奇心だけは変わっていません。中でもとりわけ準一の興味は、外国に向けられていました。幼い日に見聞きした外国の不思議さが胸に焼け付いているのです。さすがに幼い頃のように毎日、倉庫に行くことはなくなっていましたが、その代わりに沢山の本を読み、国を訪れる沢山の旅人を王宮に招き外国のことを尋ねました。そのせいで今では王国一の外国通です。そうして伝わってきた外国の優れた技術を準一が王さまに報告して、国の発展の為に生かされていることもあります。

 しかし準一は外国に実際に言って見たいのでした。この目で見てこの鼻で嗅いで、この手で外の世界を触れて見たいのでした。その思いは日ごとに増していましたが、準一は王家の人間です。そう簡単に旅行に出かけるわけにもいかないのです。

 だから二十一歳の誕生日を間近に控えたある日、王さまがこんな話を持ち出した時、準一は一も二もなく飛びついたのでした。それはこんな話でした。

「みんなよく聞いてくれ」

 王さまはいつになく真剣な表情で言いました。「あなたどうしたの」王女さまがいいます。

「うむ。実はな、昨日、アヤ国から一通の手紙が届いたんだ。アヤ国というのはわしの父の兄の母の叔母の弟が治める国でな」「えっ。なんですって。誰が納めてるんですって」カスチ王子が思わず聞き返しました。「うむ。父の兄の母の叔母の弟だ。まあ遠い親戚だ。それでその人が納めている国なのだが、この王さまというのがもう相当のお年でな、しかも跡継ぎがいないそうなんだ。そこでうちの準一に王さまを継いで欲しいんだそうだ。風の噂で準一の素晴らしさを知ったらしい。赤の他人よりは血の繋がっている方が何かと上手く行くんだろうしなあ」

 準一は手を打ちました。「それはいい。是非行かせて下さい」

「うむ。確かにお前は素晴らしい青年に成長した。王も充分に務まるだろう。だが、なあ」

 王さまは王女さまと目を合わせました。「ええ。準一がいなくなったら寂しいですわ」

 それから何時間も話し合いが行われました。準一は行きたいと強く思う一方、悲しむ両親を見たくはありません。また女王さまも準一の望みの適うチャンスであり是非行かせてやりたいと思うのですが、子どもが遠方へ行ってしまうというのはこれ以上にない寂しさです。王さまとカスチ王子はそれぞれの思いをよく知っているので、どちらがいいとも言えません。しかし結局王女さまのひとごとで決まりました。「準一、行っておいで。あなたが本当にしたいことをするべきよ」

 ぐっと涙を堪えている女王さまの気高い姿に準一は深く感謝し、きっと素晴らしい王になろうと誓うのでした。

 出発の日はすぐにやってきました。準一は山のように荷物を背負っています。従者をつけようと王宮の誰もが言いましたが準一は断りました。自分ひとりで頑張るのだという固い決意なのでした。王様たちもその思いを汲んで準一がひとりで旅立つことを認めました。

「坊ちゃま」

 おみねは目に涙を浮かべ、それだけ言うと胸がいっぱいになってしまったようです。その薄い肩に王女さまがそっと手を置き言いました。

「準一。身体に気をつけるのですよ」

 その目にもきらりと光るものがあります。その姿を見ているうちに様々な思いが浮かんできて思わず準一も泣いてしまいそうですが、ぐっと堪えました。ここで泣いてしまっては心配をかけることになります。

「お母さん。おみね。ありがとう。ふたりも気をつけて」

 次にお兄さんのカスチ王子が言いました。

「準一。俺はここで頑張る。お前も向こうで頑張ってくれ。お互い国民みんなが幸せになれるようにな」

 最後は王さまです。王さまは準一の目をしっかりと見つめて言いました。「準一。どんなことがあっても途中で諦めてはいけないよ。最後までやり通すんだぞ」

 準一は深く頷きました。今一度全員と握手を交わしてから準一は出発しました。

 アヤ国への道のりは平坦ではありません。様々な国を経て時には山を越え、谷を下ります。山賊に狙われたこともあります。しかし幼い頃から武道に慣れ親しんでいた準一の敵ではありませんでした。

 準一は幼い頃からの夢だった外の世界に今自分がいるのだと思うと、胸がいっぱいでした。三年前に亡くなったあの博士の顔が懐かしく甦ったりします。

 ひと月の旅を終えて準一はアヤ国に辿り着きました。しかしどこかおかしな様子です。聞いていた話では温暖なこの国はまた陽気な国民が多く、楽しそうな雰囲気に満ちているはずなのです。ところがどうしたことか国は沈みかえっていて、道を行きかう人の姿も見当たりません。また畑には雑草が生え放題ですし、鍛冶場から力強い音が響いてくることもありません。国全体に活気というものが全く感じられないのです。

 王宮に着くとさすがに近衛兵が立っていましたが、彼らもどこか落ち着かない様子です。準一が声を掛けるとびくっとしています。王宮の前は広場になっていてずっと前から準一が近づいているのは見えているはずなのに、まるで今まで準一に気が付いていなかったかのようです。しかも彼は王さまの部屋まで案内する間に五回も躓いていました。こんなことがあるでしょうか。だって国中で最も運動神経の鋭い若者が近衛兵に採用されるのですから。王宮内も部屋や廊下の真ん中は綺麗ですが、端っこには埃が積もっています。もしかしたら何か悪い病気でも流行っているのでしょうか。準一は不安を覚えながら王さまの部屋に入りました。

 老ヤラベ王はベッドに入っていましたが、準一の声に上半身を起こしました。しかし王の姿にもどこかおかしな感じがします。挨拶が済むと、準一は思い切ってなにかあったのでしょうかと聞いてみました。

 老ヤラベ王は皮肉そうな笑みを浮かべて、口を開きました。

「それはな」

 老ヤラベ王が語って聞かせてくれたのは、驚くべき話でした。

 それはひと月ほど前のことです。いつものようにヤラベ王が家臣と会議をしていると、不意にさあっと窓という窓から緑色の光が差し込んできたのです。何事かと驚く面々ですが、光が止むと、なんということでしょう。全員の目が光を失っていたのです。会議室は悲鳴に包まれました。突然暗闇に押し込まれたその恐怖は絶大なものです。

 すぐさまお医者さんを呼ぶ事になりましたが、これがまたなかなか大変なことでした。お医者さんを呼びに行った家臣は王宮を出るまでに三十七回も転び、しかもやっと外に出たかと思うとなんと医者の家がわからないのです。普段は目で地図を見ているのにそれが見えないのですから当たり前です。そこで家臣は叫びました。

「おおい。誰か来てくれ。誰でもいい。お医者さんを呼んでくれ」

 しかし誰も来ません。それはそうです。実は国民全員があの緑の光のせいで盲目になっていたのです。突然の出来事に誰もが他の人に構っている余裕を失ってしまっていたのです。しかしそれでもやがて国一番の名医が王宮にやってきました。しかしこの医者ももちろん盲目です。王さまたちの元に駆けつけたときにはあちらこちらに怪我を負っていて、逆に王様たちに手当てしてくれと頼むのですからこれでは役に立ちません。すぐに隣国へと使者が遣わされましたが、この使者も盲目なのです。普段なら半日もあれば駆け抜けてしまう道のりに二日もかかってしまいます。それでもやがて隣国から沢山の医者が駆けつけ、盲目の治療に当たりました。科学者も派遣されてきて、あの謎の光について調査を進めます。しかしどちらもわからないことだらけなのでした。やがて医者は悲しい事ながらこれを治す事は出来ないと判断します。科学者たちもあれがなんなのかわかりません。彼らは暫くして調査を打ち切り帰ってしまいました。

 そんな中、国民たちは深く絶望しました。自分たちが世界から見放されたと感じたのです。それまで勤勉な彼らでしたが働く気は失せました。すぐに畑が荒れてしまいました。またそれまで明るく友好的な彼らでしたが、口数もめっきり少なくなってしまったというのです。

 盲目の老ヤラベ王は長い溜息をつきました。彼も疲弊している一人なのです。

 その話を聞き終えた準一はすっくと立ち上がりました。その瞳は決意に燃えていました。目が見えないのだったら私はみんなの目になろう。そう硬く決心していたのです。

 そして準一はその日のうちに正式に王さまとなり、猛然と働き始めました。まず準一はさして広くない領土を歩き、国民に挨拶して回ることにしました。

「こんにちは。今日から王になった準一です。よろしく。何かあったら遠慮なく言ってくださいね。みんなの為に頑張りますから。」

 はじめは王さまに気軽にものを頼んだり出来ないと言っていた国民ですが、準一が心から役に立ちたいと願っていることを知ると、それではと沢山の人々が準一に頼みごとをしました。仕事は山とありました。あらゆるところで人々は困っています。

 川岸の柵を取り付けて欲しいという要望が早速出ました。目の見えない人々がこれまでに誤って五人も川に落ちているのです。準一はすぐさま大工道具を持って駆けつけました。

 農民からは作物の色を毎日教えて欲しいと頼まれました。彼らは長年の経験から作物の色で水や堆肥の加減を調節しているのです。準一は言葉巧みに彼らに作物の色を伝えました。

 加治屋さんからは目が見えないので誤って金槌で指を潰してしまう、とはいえ恐る恐る力を弱めてしまっては仕事にならない、どうにかして欲しいという意見が寄せられました。そこで準一は鉄で出来た指抜きをつくりました。これを嵌めていれば例え誤って振り下ろしてしまっても、怪我の心配はありません。

 お医者さんからは薬棚のどの引き出しにどの薬が入っているのかがわからない、これでは間違った薬を処方してしまい大変なことになってしまうが何とかできないだろうかと相談されました。準一は考えた末に加治屋さんと協力して立体の文字をつくりました。そしてこれを引き出しに貼り付けます。こうすれば文字を手で触れることによってどの引き出しにどの薬が入っているのか一目瞭然です。

 また狩人からは目が見えなくては山を歩けないし狙いもつけられない、下手をすれば人を撃ってしまうという話しがありました。どうしたものかと準一は悩みましたがこれだけはどうしようもありません。狩人たちに他の仕事を紹介し、準一が狩りに出ることにしました。

 農場からも要請がありました。家畜の出産を手伝って欲しいというのです。普段の仕事はなんとかこなしていた彼らですが、さすがにデリケートな出産は難しいのです。準一は農場の人と協力して、無事元気な赤ちゃん牛を取り出しました。

 あるいは近衛兵からも頼み事をされました。彼らは言います。われわれはこの国を守るべく鉄砲を持っているのですが、目が見えなくなってしまってはどうしようもありません。万が一、敵が攻めてきたり、山から野獣が現れたりしてもわれわれは何も出来ないのです。近衛兵の隊長は不甲斐ないと言って、涙を浮かべていました。そこで準一は城壁の周りや山の周囲に呼子を張り巡らせました。こうすれば侵入者にすぐに気づくことが出来ます。完全とはいえませんが、あとは近衛兵を盲目でも俊敏に動けるように訓練するしかありません。

 準一は国民の多くの頼みごとを誠実に確実にこなしていきましたが、その一方で国王としての仕事も疎かにしていません。税金を集めたり、不正を取り締まったりします。盲目の生活に慣れないみんなは、それまでだったら笑って済ませていたようなちょっとした行き違いでも、大事になってしまうのです。その度に準一は仲裁に入りました。

 また重要な仕事といえば外交を忘れてはいけません。この国には海がないので、海に面した隣国と活発に貿易をしていました。塩や海藻といった海のものを食べずに人間は生きていくことは出来ませんし、また鮑や海胆は国民の好物でもありました。また近衛兵が盲目になってしまい国の防衛が上手く出来ないのですから、周りの国々と仲良くしておいたほうがいいでしょう。何かあったときには助けてもらわなければならないのです。準一は隣国へ出向いたり、隣国の王さまを招いたりして、いい関係を守り続けました。

 準一の釈迦力の頑張りに応じて国は徐々に活気を取り戻してきていました。もちろん盲目のままですから、まだまだ不便も多く、そのちょっとしたことに、また自分たちの身の上に起きた不幸を嘆き悲しむこともあります。しかし生活は着実に改善されているのです。彼らは盲目の中で生きていくことを受け入れ始めたように準一には思えました。

 そんなある晩、準一が寝室でうとうとしていると、ドアをノックする者がいます。それは今は隠居しているヤラベ翁でした。

「どうしました。何かお手伝いしましょうか」

 準一は疲れているのを悟られないように明るく言いました。しかしそれに反してヤラベ翁は、暗い声で重々しく言いました。

「準一くん。身体の具合が悪いんじゃないかね」

 準一は突然の質問にぎくりとしました。実はヤラメ翁の言うとおり、準一の体調は非常に悪いのでした。毎日毎日働き続け、余りに忙しくって食事さえ満足に取れていないのです。睡眠時間も僅かに三時間という日が続いています。

 しかし準一はそれを認めるわけにはいかないと思いました。自分の体調に構っている暇はないのです。まだまだ国民は多くの場面で準一を必要としています。「そんなことないですよ」

「そうかね」その言葉とは裏腹にヤラベ翁は準一の言葉が嘘であることを見抜いているようです。「それならいいがね」短い沈黙が流れました。

 そしてヤラベ翁が言いました。

「君は何をむきになっているんだね」

「むきになってなどいませんよ。私はただみんなの役に立ちたいのです」

 準一の本音でした。

「それならいいが。どうも私には君が無理をしているように見えるんだよ。そして準一くん。もしそれが私たち盲目の者を哀れんでいるからだとしたらそれはお門違いだぞ、準一くん」

 ヤラベ翁は準一の返事を待たずに部屋から出て行ってしまいました。

 思わぬヤラベ翁の言葉に準一は呆然となりました。自分が全盲のみんなを哀れんでいるなどということは、考えたこともないのでした。しかし言われて見るとそうなのかもしれないと準一は思いました。自分がこれほどまでに頑張っているのは盲目のみんなを可哀想だと思ってのことなのかもしれません。だがそれは間違っているのではないだろうか。

 ヤラベ翁の言葉が頭をよぎります。

「もしそれが私たち盲目の者を哀れんでいるからだとしたらそれはお門違いだぞ」

 準一はこれまでずっとみんなを哀れんできたのでしょうか。そして健常者の自分が障害者を助けなきゃと、我武者羅になっていたのではないでしょうか。

 考えているうちに準一は自分がどうしようもなく汚く思えてきました。準一は無意識のうちに自分以外のみんなを哀れんでいたのです。準一の顔がさっと青ざめます。哀れんでいるというのは、相手を見下しているということです。準一はこれまでの自分を顧みて、なんて傲慢な姿勢だったのだろうかと思います。

 準一はこれまで自分がみんなの役にたっていると確信していました。盲目のみんなはどこも悪くない自分を必要としていると。でも、もしかしたらそれも間違えなのかもしれません。助けられていたのは、実は、準一の方だったのではないでしょうか。自分が正しいことをしているという思いはなかなか愉快なものなのです。

 これまで自分はみんなを助ける立場にいると考えていました。だからこそ頑張ってきたのです。しかしそれは間違えなのではないでしょうか。盲目の人間は盲目だからという理由だけで、盲目でない人間に手助けされなければ生きていけないのでしょうか。準一は間違っていたのでしょうか。

 いやそんなことないぞと、準一はかぶりを振りました。準一が来るまでこの国はどうしようもなく荒んでいたのです。しかし準一はそれを救ったではありませんか。やはり盲目の国民には健常者である準一が必要なのです。

 しかしそう考えている傍から、別の考えが浮かんできます。準一が来なければ、本当にみんなはどうしようもなかったのでしょうか。もしかしたら彼らは準一がいなければいないで、自分たちでなんとかしたのではないでしょうか。お互いに手を取り合ったのではないでしょうか。彼らはただ目が見えないというだけなのです。決して愚かな人間なのではありません。だからいつまでもこの国が絶望したままであったとは考えられないのです。しかしと準一は考えます。自分が来たせいで彼らがもともと持っていた自立のエネルギーが殺がれてしまったのではないでしょうか。だとしたら。準一は苦いものがこみ上げてくるのを感じました。準一は彼らの足をちょんぎってしまってのではないでしょうか。

 でも、そうだとしたら、どうしたらいいのだろうと準一は考えます。自分は今、どうすべきなのだろう。

 方法はひとつしかないと準一は思いました。いくら考えてみても 、それ以上の答えは思いつきません。準一は決意しました。準一は引き出しの中か らナイフを取り出しました。それは見ているだけで恐ろしくなるような、先の鋭いぎらぎ ら光っているナイフです。準一はそれを手にすると、ためらうことなく右目に突き刺しま した。ぷつんと目玉にナイフが吸い込まれていきます。準一は激しい痛みを覚えますが、途中でやめることなく、また悲鳴をあげることもなくナイフを根元まで突き立てました。そして引き抜いたナイフを、今度は左目に押し込みます。やはりぷつりという手ごたえがしますが、今度は痛みは感じません。準一はナイフを抜くとすぐさま目に薬を塗りつけました。細菌が入るのを防ぐ薬です。そして包帯を巻きます。お医者さんが例の立体の文字に慣れるまで準一はお医者さんの助手を務めていたことがあります。だからその手つきは慣れたものです。

 こうしておけば細菌も入らず、血もじきに止まるはずです。そして数日すればみんなと変わらない盲目になれるのです。準一は満足でした。これまでの誰かに追い詰められているような焦りが消えていくのがわかりました。これで自分ははじめて本当の王になれると思いました。

 こうして準一は盲目の王さまとなったのです。

 このお話はここで終わりです。

 それではみなさん、さようなら。

 

 

 

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