女友達
秋元汀 & 鈴木清一郎 翻訳
T 露台にて
ふたりして ねぐらゆくるゝ 燕閲、
黝のむすめほのあをく 金むすめ桃めかし
ほてうるゝ、曇うる金襴 まぐわるうすもの
おぼろなみうつ、そなたらおもねる叢ぐものよな。
穹にまろき愁のつきうつろわば、
ふたりして なやましき赤熊百合のよな
したづつみうつとりとうつ 夕の薫陶のうちふかき
こよなきなかのしあわせのうれはしき。
つゆたく萼はしたたかに つれの 凋き萼しめるしめ
さなり うつせとことわ恋儕を 憫ふるあやかしひとつがひ
ろだいにて、たおやめ麗にものふぐる。
そがそびら 闃けきけざやの 庵に
めろすのことく 王座のことく おごれおる 幽さぬか
さ閲らるは、かぐわしき、閨みだるゝ。
U 寄宿生
こちらは十五、あちら十六。
ひとつ甍の下、閨もとも
菊月の、うつゝゝしきこといとゞしき、ゆふべなる
いたいけふたかた 眸あおゝゝ ほゝにはいちごの黝朱さす。
おくさぬ姉妹 ふくいくと、
くわなぐるは 麝香のあやなすうすものよ。
いも、腕さしつり、のけざまなれば、
ねゝ、乳暈にふれ、そうつとくちつけ、
さてもかしづき、あらたまのよな
ものくるほしきことはぢめ。口窩おぼろ
ぶろんどのくがねのもとのうすずみの 翳りのさぬか。
いもさては、可愛いゝ觸のまろびつゝ
ちぎりの舞をこころみる、
してうばらのことく黝朱おり、ほろゝゝわらひ。
V しぢまめく女へ
ほむのりと、くしびめけるは闃さぬか
あをじろき、まめらむぷの燭さし
おぱあるの、遊色のことくにいろめける
もすりむの、をじろいの、さとばりの、翩翻きたるは、
アドリイヌ、おごれる閨の、おごれる幕は、
耳にすよ、クレエルよ、巫山戯けるおんみのさえずりよ、
さぬかひとつの謳りが 盲滅法ほしく遊牝こむ
おんみ、その密咒、あまき谺すしろがねの。
《すきよ、すき!》そのこわまぐわる、
クレエルよ、アドリイヌ、そなたら りむとす魂の
けいとす誓りのうれはしき贄。
轟かれよ愛、おゝ、しぢまめいてはいとおしい
むすめらや、うれはしきかの汚名は、冴えぬ浮世しに
この時世に、おんみらされど、けざやに瀟てる。
W 春
あどけなく、あふるるく、しておぢけなく
赤毛のうらゝのさおとめは、懇ろに
こともすくなにことつける、あかぬけぬ金たわゝのわらわめに
淑々と、あまきこわにて。
《きみづ滾々、はなあふるるく
おんみ うぶすなのあかしでよ。
蘂ぐらせたまへ、叢苔のさぬか
そこゆくは、黝朱おりつる、うばらが蕾なり
《ちゃうだいな、
あからめる 藜のしづくの盈れるを
そがやわはなしとどなり――
《あはれ、薫陶に
おんみがぬかは、あかぬけぬもあからめて
雪隠の、曙さすや、そらもよひ》。
X 夏
さらばわらわめあうじたる、あえぐ恋隷の
ありの蠢ろうことくなめづるに
ちひさき死をはみおりて
《死つちやうわ、あねうえよ!
《死きそうよ、おんみのほのほの乳暈のもと
われそぞろ、はくもおそぞろ。
いいしれぬ、おんみの剛の膩の、かぐわしき
夢に、現に、われいづこ
《なんぢが膩は、闌れうる夏の
むせうるゝ、さきがけうみき――
麝香なる、木蔭なる、うまみをうみき。
《おんみのこわ、はやてのさぬかを轟くゆきて
おんみの毛叢、血たくられ、やおら
たゆたふ宵のさぬかに、さりゆきぬ》。
Y サッフォオ
まみうつろ、乳暈のこちたく、サッフォオはおこれる、
いらつは淫靡らの、をどみかな、
さながらに 玄冬荒磯べ はする牝狼。
因襲すつるゝ ファオンをしのぶ さらば
そがために はづかしむ ながため泪し すがめつつ、
ぶちゞゝと、毛髪の群ごとかきみてる。
さらば くひ?ねるは繁、
うたにも纂まう、ながこひざたの栄光とほく、
きよらに闌れるを谺に、このみたま
偲るはさやう、甘睡むおとめ。
さらばいざ、ながまふた そのあをさめるをふし
こしかたの 恩讐の女神 澪へおみなえさむ――
愈々か、おもてはる黝々のみづに焔をうつて
穹はどよめく、あだうちの、しろたへの月姫がため。
訳者後記
マラルメ、ランボーと並び、《三大象徴派詩人》の一人として、夙にその名を轟かすヴェルレーヌPaul Verlaineにかんして、いまさら記すべきことなどなかろう。ましてや詩人の遍歴の折りにふれて、賢しらなご講筵に興じようなどいわずもがな、である。この『女友達』Les Amies 1867について、これは彼がものにした詩集の第二作にあたる、いわば《百合(レスボス)》の頌(ほぎうた)或いは艶歌と見なせよう。全六篇、ソネットで統一され、噛めば噛むほどに味わいと奥行きを露わにし、一つ一つが作品として独立したなめらかさと艶やかさに潤みながらも、おしなべて目を通すと、血の通った緊密な造りで改めて私たちを驚愕せしめ、思わずかの詩人のみごとな筆捌きならぬ〈太刀〉捌きに喝采を与してやまない。もとい〈両刀つかい〉の異端児ヴェルレーヌ、正道一刀流もこころえての妙技なるか・・・・・・。
本作はブリュッセルにて匿名、秘密出版のかたちで上梓されたが、作品の?世的性格と当時の性風俗への無理解ゆえ、翌六八年に公序良俗のかどで、発禁と五百フランの罰金という憂き目に遭った。これは百年近くを隔てた、東方絶海の島国を渡っても、まこと奇異なることに、事態はさしたる変化を見せていなかったようだ。伝統的手法とともにレズビアンへの敬虔なオマージュも欠かしておらず、若干ながら以下にその訳注を掲げておきたい。
○サッフォオは紀元前七世紀から六世紀にかかる古代ギリシャ第一の女流詩人。レスボス島(ギリシャ多島海にある島の一つで、現在のミチレーヌ島。古来より女の同性愛が盛んであったことから語源となり、「レズビエンヌ」の名でこれを行なう女性の普通名詞となった。)に生まれ、女弟子の一人や美青年の恋路の果て、失意の中、ピカート岬で投身したとされるが、諸説あり、真偽は定かではない。
○ファオンは先のサッフォオと恋に落ちた美青年であるが、やがてその仲は破られ、サッフォオを自殺に追いやったとされる。
○クレエルならびにアドリイヌについては不詳。
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